水生大海『かいぶつのまち』のこと

水生さんの新刊『かいぶつのまち』が書店に並び始めました。
第一作の『少女たちの羅針盤』と同様、なにか考え事をしているような表情の女子高校生の写真をあしらって仮フランス装で少し軽めな風も演出してみますた。

今回は『羅針盤』の物語の数年後が舞台です。すでに「社会人」になっている瑠美たち元「羅針盤」のメンバーが、母校の演劇コンクールを見学に来るというところから物語は始まります。現役の演劇部のメンバーは7つも8つも年下で、演劇に対する思い入れにも大きなギャップを感じ、とまどう瑠美たち。
そこである「事件」に遭遇してしまいます。事件といっても人が死んだり消えたりとかじゃない、もっと「あってもおかしくない」くらいの事件、そしてある企み。

事件が派手な方がミステリ的には盛り上がったりするけれど、それはそれで人物の動きが類型的になったりして(だって人が殺されたらてんやわんやで警察もどばっときてキャラクタライズどころじゃないでしょう)難しいところも出てきてしまう。実はこの、「ささやかにみえる事件」という設定自体が『かいぶつのまち』のキモにもなっているような気がしてならない。生徒のさまざま反応と対応、温度差が、どこからこじれてきたのか、どうすれば「もつれ」がほどけるのか……。

それから「かいぶつのまち」というのは演劇コンクールで演じられた作品名で原作は瑠美。これがよくできているというかすげー観てみたい気持ちにさせられますね。

     ※

 そこはどことも知れぬ町であった。森の国の先にあるというものもいれば、砂漠を経た深い渓谷にあるという説もあった。城壁に囲まれた、ほんの小さな町だという。
 町の外れに、トキという名の若い女が住んでいた。トキは町の人間から迫害を受けていた。トキの母は流れ者で、その町で死に、娘だけが残されたのだ。温情で食わせてやっているのだと、トキは蔑まれて育った。
 成長したトキは美しくなった。しかし他の女たちは、トキには自分が一番醜いと信じ込ませていた。すべての嘘はトキのせいになり、すべての悪はトキに起因した。理由はなくとも、町ではそういうことになっていた。
 いや。本当は、トキはわかっていた。弱いから、反抗しないから、苛めがいがあるから。だから自分は迫害を受ける。けれどトキにはどうすることもできなかった。何人かの男がトキの美しさに惹かれてやってきたが、トキの警戒心は強かった。他の女たちも、トキの元に秀でた男がやってくることをよしとしなかった。結局トキは誰のものにもならず、蔑まれたままで暮らしていた。
 ある日、町に怪物が現れた。怪物は城壁を砕き、泉を干上がらせた。人を石に変え、その石を割っては哂った。そして町で一番美しいものを差し出せと言ってきた。もしも醜いものを渡そうものなら町を滅ぼしてしまうと。一番とはなんなのか、町の誰もがわからない。賢者が説き伏せに行くが串刺しにされる。勇者が戦いに行くが八つ裂きにされる。町で一番価値がある壁画を差し出すが、炎で焼かれてしまう。町で一番艶やかな花を差し出すが、枯らされてしまう。
 人間ではどうだろうと、誰かが言った。人々は町外れに住むトキを差し出そうとした。しかしトキは、自分ほど醜いものはないと、それでは町が滅ぼされてしまうと言った。他の女たちのほうが幾倍も美しいと褒めた。褒められた女は慌てて仮面をつけた。それ以下の女たちも仮面をつけた。順々に。美しいのか美しくないのか、もはや仮面の下でわからない。かくして町に、仮面の人間が溢れていった。

といった感じ。『羅針盤』のときも作中の劇のシーンに感動したんだったなと思い出した。

いろいろ考えさせられたりもし、感情の揺れ動く、良い作品に仕上がったと思う。
どうか手に取ってみてくださいな。

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かいぶつのまち

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